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東京高等裁判所 昭和24年(新を)1465号 判決 1950年11月07日

被告人

帝国電気株式会社代表者 清輔重男

外一名

主文

本件各控訴はいづれもこれを棄却する。

当審の訴訟費用は全部被告会社及び被告人鈴木隆晴の負担とする。

理由

弁護人鍜治利一同服部定雄の控訴趣意第一点について。

(イ)  原判決を読んで見ると被告会社の代表取締役社長である被告人鈴木隆晴は被告会社の経営難を打開し、その経営内容の健全化を計り以て被告会社を存続させるため、法人税法上所得として課税されなければならない各事業年度の利益の一部(主として公定価格超過売上額)を法人税法所定の所得申告をする際これを所得に計上しない意図の下に帳簿上一時仮受金預金若しくは借入金等の名目で受け入れてこれを社内留保することを企て、被告会社会計課係長栗原隆同課員小出鉄太郎及び被告会社取締役百合本勇吉等と相謀り、前記の方法に基き原判示のように所轄税務署に対し、虚僞の所得申告を為し、且つ所得の一部たるその申告税額のみを納付し、以て正規の原判示各法人税を逋脱した旨を判示しているのであるから、被告人鈴木やその謀議にあづかつた前記の人々の意図が真実被告会社の存続を計るのにあつて私利私慾を目的としたものでないことはよく判るのであるが、右の如き被告人鈴木の所為はやはり各行為時の法人税法第四十八条第一項にいわゆる詐僞その他不正の行為により法人税を免れた場合に該当するものといわなければならない。論旨はたまたま原判決に「利益の一部を所得に計上しないで社内留保し会社経理上所謂含みを有たせて云々」とある字句を捉え含みをもたせるという言葉は脱税を意味するものではないと主張するから、暫くこの点について考えて見ることとする。元来含みをもたせるという言葉はもともと脱税をするという意味だけに使われるものではないのであつて、堅実な経営をしている大会社等にあつては会社の信用上長期間引き続いて、一定不変の配当を続けて行くため、たとえば予想以上の利益があつても減価償却を十分に行う等の方法を取り、会社計理上なるべく利益を表面に計上しない方針をとり利益は務めて会社内に留保し以て来るべき会社の事業不況に備えるような方法をとつているのであるが、これとても脱税の目的で減価償却等が必要以上に行われそれがため、真実の利益が秘匿されるような場合等は、前記法条にいわゆる不正の行為によつて法人税を免れたことになるのである。されば、原審が不用意にこの含みを有たせるという言葉を脱税の意味に使用したのは穏当を欠く憾があるのであるが、原審はこの含みという言葉を所論の用法に従つて使用したのでないことは原判決をよく読んで見れば判ることである。従つて含みという言葉それ自体には必ずしも脱税という意味は含まれていないけれども、含みを有たせることは刑法第三十五条にいわゆる「法令又ハ正当ノ業務ニ因リ為シタル行為」とは限らないのであつて、場合によつては刑法第三十五条所定の行為ともなり又然らざる行為ともなり得るのであるから「含み」という言葉を所論のような一定不変の意味に解することはできない。原判決には所論の違法はない。所論は畢竟原判決が使用した用語の末端に拘泥し、独自の観点に立つて原判決を論難攻撃するものであるからこれを採用することはできない。論旨は理由がない。

同第二点について。

(ロ)  論旨は要するに原審は原判示第一乃至第三の事実において被告会社は繊条を販売したり電球を公定価格を超えて販売した結果得た利益を所得に計上せず、且つ利益金の一部を以て製品の材料や資材を買い入れたように装い、以て被告会社が各期に得た利益金総計二百八十八万六千二百九十五円を所得に計上しないでこれに対する法人税を免れたように認定しているけれども、凡そ会社の純資産が増加したかどうかは会計技術的慣行によつて計算されて始めて判明するのであつて、各事業年度間に発生する多数の取引による資産の増減だけできまるものではない。即ち原判示各期において被告会社はその固定資産について少くとも合計金三百四十七万七千八百十九円を償却しなければならなかつたのにも拘らず、現実には僅か金四万五千円しか償却を行つていなかつたのであるから、これを右のように正しく償却したものとすれば、右償却合計三百四十七万七千八百十九円から原審が被告会社が所得に計上しなかつたと認定した各期の総益金合計金二百八十八万六千二百九十五円を差し引いても、被告会社の資産は金五十四万六千五百二十四円だけ減少しているのであつて、結局被告会社は原判示各期において合計金五十四万六千五百二十四円の損失を蒙つていることになるのである。然るに原審は思を茲に致さず前記利益金総計金二百八十九万六千二百九十五円を以て直ちに原判示各期における会社の利益金の一部と速断したのであつて、この点について原判決は法人税法第九条第一項(いづれも各行為時のもの)の解釈を誤つておりその誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。と言うにあるのである。

よつて按ずるに論旨は被告会社が原判示各期において論旨指摘のように合計金三百四十七万七千八百十九円の固定資産の償却をすべかりしものであつたにも拘らず、僅か四万五千円しか償却をしなかつたものである旨主張するけれども訴訟記録及び原審が取り調べた証拠を精査しても原判示各期において、被告会社がその固定資産について少くとも合計金三百四十七万七千八百円を償却しなければならなかつたことについては何等これを認むるに足る確証がない。尤も原審第三回公判調書中証人栗原隆の供述として、「その当時は非常に多忙であつて資産方面で償却すべきものも償却せずに帳簿を閉めたところ、百数十万円の利益となつた」という趣旨の記載があり、又同公判調書及び原審第五回公判調書を通じ証人小出鉄太郎の供述として「償却をしないで出した結果が七十万円位の利益になつたが、過去の業績からすれば十万乃至二十万円位の利益が適当である。被告会社の材料にしても現在殆んどその規格が使われないものや過去の航空気用のものなど当然償却すべきものがあり、そうしたものを償却すれば三千万四千万の相違はすぐ左右されるが、そんな償却は一切抜きにした」との趣旨の記載があるけれども右供述記載だけでは論旨指摘のような事実は到底これを認め難く、却つて原判決挙示の各証拠を綜合すると、被告会社ではその固定資産について原判示各期に相当行き届いた減価償却をやつていた事実が窺知できるのみならず、前記原審第三回公判調書中証人栗原隆の供述記載によれば原判示各期の減価償却については所轄税務署の当該係官の指導を受け、その指導による償却の金額を異議なく承認した上、該金額に基く減価償却を実行していた事実を推認するに難くないのであるから、被告会社が所論のように会社計理上当然なすべき減価償却を怠つていたものと考えることはできない。なお、法人の損益は純資産の増減に外ならないから売買その他の現実的の行為の結果のみから損益を生ずるだけではなく、その所有資産の時価の騰落によつても損益を生ずるわけであつて、法人が評価損益の手続を採ると否とに拘らず、これを総益金又は総損金に算入すべき理であるが、課税の実際問題として政府が法人の資産をいちいち再評価してその事業年度の法人税額を決定することは殆んど不可能というべく、資産の評価増減による損益は法人が、これを益金又は損金として計上しない限り、所轄税務署において税法上一応これを計算しない建前であるから、かりに、被告会社が所論のように会計経理上為すべき減価償却を怠つていたものとしても、法定の申告期限後においてに擅これを被告会社の損金に計上することは許されないものと言わなければならない。しからば、原審が前記利益金総計金二百八十八万六千二百九十五円を法人税法第九条第一項所定の所得に認定したことについては何等所論の違法はない。論旨は理由がない。

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